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今私は小さな魚だけれど

ちょっぴり非日常な音楽を紹介するブログです

【号外】井手口彰典『欲望するコミュニティ──萌えソング試論』を読みました

電波通信 電波ソング

電波ソング唯一(?)の学術論文である井手口彰典さんの『欲望するコミュニティ──萌えソング試論』を読みました。

いつの間にか「電波ソング」から「萌えソング」にタイトルが変わったWikipediaの記事の主要な出典となっていてる論文です。2006年に出版された比較日本文化研究 第10号に掲載されています。

少し話はズレますが、私が思うに「萌えソング」という言葉は、電波ソングの「電波」が含む悪い意味を嫌って意識的に言い替えている面もあるため、Wikipediaで扱うのは「電波ソング」のほうがいい気はしています。詳しい話は↓の記事で。

>>【翻訳】英語版WikipediaのDenpa songの項目を日本語訳してみた

話は戻り、その『比較日本文化研究』の収録内容がこちらです。

…やたら<霊魂>がプッシュされている中、思いっきりアキバ系なタイトルが混じっていることにものすごい違和感を覚えるのは私だけではないでしょう。

naiyou.png

しかし、アニメやゲームなどの媒体だったり、同人での自主制作の文化だったり、様々なイベントだったり、電波ソングには他の音楽に比べて独特の文化や幅広い楽しみ方があり、それが顧みられないことはもったいないでしょう。筆者も第一章で次のように述べていますし、(後述しますが)萌えソング独特な受容や広まり方についても触れられています。

日本のサブカルチャーは世界規模での注目を集め、またそれを分析する研究は複数学術領域において盛んに行われ始めている。しかし、こと「音楽」という視点に限って言えば、その研究は全く不十分であると指摘せざるを得ない。

萌えソングを巡る(2006年当時の)現状

とマジメに考えたところで内容も見てみましょう。

第二章では「萌えソングを巡る現状」と題して、どんな音楽が萌えソングとして扱われているかを丁寧に解説していきます。その中でも特に印象に残った一文がコレ。

音楽の合間にかけ声や合いの手(ex.はいっはいっ、ぱんつーぱんつー)が多用されるのも、萌えソングの音楽的特徴の一つである。それらは時に意味不明なオノマトペ(ex.あうあ、きゅるるん)になっていることもあり、そうしたオノマトペはまた歌詞の一部やバックコーラスにも利用されている。

ここまでなんとかマジメに読んでたのに、ここでめっちゃ笑ってしまいました

よりにもよってなぜ「DAパンツ!! 」を例に選んでしまったのか気になってしまいます。また筆者がKOTOKOが好きなのは伝わってきました。

DAパンツ!! 主題歌 PAPAPAPAPANTSUだってパンツだもんっ! (Full ver.)

タレントではなく個人のフェティシズムが求心力となる音楽

この後、主に他の音楽ジャンルとの比較を通して「萌えソングとは何か」という論が進んでいきます。詳細な内容は実際に読んでもらいたいのですが、その中で萌えソング独特な受容のされ方に触れた部分が特に面白く、印象に残りました。

他の音楽では「タレント」がコミュニティの求心力になることが多いのに対し、萌えソングではコミュニティの側に準拠した「萌え」の世界観が重要であるという風に述べられています。

ところが萌えソングにおいては、そのような差異を生む求心力としてのタレントがそもそも不在であるか、あったとしても殆ど意識されていない。関心の焦点はそれが「萌えられるのか否か」なのであって、誰が歌っているのか、それが他の萌えソングとどう違うのかといった問題はさほど重要ではないのである。

「タレントやその音楽が、それを愛好するコミュニティのオリジナリティを保証し規定している」のではなく、「コミュニティが、そこで扱われる音楽のオリジナリティを保証し規定している」のである。

これはとても面白い論だと思います。

最近のでんぱ組.incが、メジャーで活躍しているにも関わらず、電波ソングのコミュニティではあまり触れられることが少ないのもこの点で説明できそうな気がします。なんというか、音楽のメインテーマが彼女たち自身に変わっていることに違和感を感じている人もいそうです。

アンセブ載ってないじゃん!

ただし、その次に続く文章を実際に桃井はるこさんのファンに言ったらぶん殴られること間違いなしです。

桃井はるこの甘い声は確かに特徴的だが、他のタレントが同じように萌える声で萌える単語で歌うのであれば、両者はコミュニティに何ら影響を与えることなく置換可能なのである。

萌えはろっくだ!」と言っている通り、彼女はある意味カウンターカルチャー的な発想で活動している人で、彼女自身のスタンスに惹かれてファンになった人も少なくないでしょう。例として『アニソンマガジン 00年代「萌える音楽」総決算!』のUNDER17インタビュー記事を引用します。

96年から97年ごろ、伊達杏子(DK-96)やテライユキといったヴァーチャル・アイドルが流行ったんですが、私は「はぁ?」という感じだったんです。アイドルはそのストーリーに参加するからこそ萌えるのに、こんなので萌えるはずないだろー!!みたいな(笑)。だったら、本当のヴァーチャル・アイドルを体現してやろうと思ってもあいはるこという活動をはじめたんです。

もう当時は、美少女ゲームの主題歌にも「おにいちゃん」とか言わせて、エロいセリフを入れればいいんだろ?みたいな風潮があって、ユーザー的に寒々しいことになっていたんですよ(笑)。私は、そこに女の子としての本物の感情をエッセンスとして入れられたら本当の「萌えソング」ができると思ったんです。

ついでに動画も貼っときますね。

Okusama wa Mik? R - OP / 奥さまは巫女?R ~Pretty Fiancee~

『欲望するコミュニティ──萌えソング試論』の話に戻ると、萌えソングというタイトルが付けられている割に、「萌えソング」という言葉を全面に押し出して活動していたUNDER17には触れられておらず、桃井はるこさんの名前が何度か出てくるのみです。

彼女のスタンスや方針について書けば、もう少し深く論じることができたんじゃないかと残念に思います。

コミュニティが原動力

この論文の最後に萌えソング「的」な音楽はこれからもっと現れてくるのではないか、と述べられています。

萌えソング「的」とはつまり、産業や行政、また社会的伝統や地理的特性による影響、あるいは個々のタレントの持つキャラクター性と言ったファクター以上に、「趣味によって結びついたコミュニティ」の欲望によって彩られ特徴づけられる音楽のことである。

インターネットの発展により、地理によらず人が集まることができるようになり、他の音楽でも同じような盛り上がり方をすることもあるでしょう。もしかすると、ある意味ニコニコ動画の音楽にそのように解釈できるものがあるかもしれません。

ところで、萌えソング/電波ソングと呼ばれる音楽の世界で「常識的」な楽しみ方って他の音楽ではあまり見られないことが多い気がします。例えば(ちょっと古いですが)「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」みたいに、ある書き込みを元にコミュニティ内で作詞作曲してしまうことなんて他ではちょっとありえないでしょう。

お兄ちゃんどいて!そいつもっと殺せない!Summer! 歌詞つき

他にも、部屋で音楽を聞く他に、元となったアニメやゲームを楽しむ、ライブやクラブイベントに行く、ちょっと恥ずかしいけどカラオケで歌う、同人として自分で音楽を作るなど、いろいろな楽しみ方をしている人がおり、こういった楽しみ方の多彩さは他の音楽にはあまり無いことだと思います。

あまり大きな声で言える趣味ではないのかもしれませんが、こういった独特な面にももっと注目するべきだと私は思います。時代に流され忘れ去られてしまう前に、もう少し文字媒体でも記録されるべきなのかもしれません。

このブログを書くときにもそういうことを考えているのですが、どうしても私の見たものや感じたものだけに限られてしまうので、他のファンの方にもいろいろな形でまとめてほしいと思っています。

ちなみに、この論文の著者である井手口さんは、論文等で同人音楽や萌えソングを取り上げようとする人向けに文献のリストを公開しています。優秀な学生諸君は卒論で取り上げてみてはいかが?(そして日本声優統計学会みたいにコミケで頒布しましょう)

>>「同人音楽」関連重要文献レビュー - 井手口彰典のウェブページ