電波ソングの出自を調べていて、次のことはほぼ間違っていないと思っています。
- 「電波ソング」という言葉は、おそらく『雫』の発売以降の1996年〜2000年に生まれた
- ただ、1996年以前にも電波ソングの特徴を備えた曲が存在し、初期は「萌え歌」「痛曲」など表記ゆれしていたようだ
- そのため、音楽ジャンルとしての「電波ソング」の発生(少なくとも影響を与えたジャンル)はもう少し遡れるかもしれない
ただ、音楽ジャンルとしての出自の他に、「アニメのキャラクターやストーリーの文脈を持った音楽」という調べ方もあるように思えてきました。その極端な表現を追い求めていく中で『電波ソング』が生まれたんじゃないか、と仮定して調べると、面白い結果が見えてくるんじゃないかと思って、インターネット上で分かる範囲で調べてみました。
そういえばこんな記事もありました。
でも電波ソングはそうはいかなくて、特殊な単語をつなげて狂った歌詞を作らなくてはいけないんだけど、ただ狂った歌詞を作るだけだと「痛い」曲になっちゃうという。そのために背景・文脈が必要になってくる。特に同人のオリジナル電波ソングは、背景の決め手が無いという理由で一つ間違うと痛いだけになっちゃう可能性が高い。
キャラソンの歴史について述べられた記事
ひとまず
たしかに「らんま1/2」とかそうですね。1990年にリリースされた『乱馬ダ☆RANMA』の時点で、キャラ同士が曲の中で会話しています。
ファンの記事にはこう書かれています。
好きな人は堪らなく好きでしょうが、嫌いな人は本当に嫌いなEDだと思います。自分は大好きでしたが、最初見た時はちょっと恥ずかしくてテレビの電源を 切った覚えがあります。これはもはや歌ではありませんよ、歌詞の内容もあまりにもぶっ飛びすぎでした。らんま好きには堪らないと思うのですが、らんまをあ まり知らないような人が見るとちゃぶ台をひっくり返してしまいそうですよね。それくらいインパクトがありました。それにしても早雲、ノリノリである。
ひとまず、Wikipediaの出典になっている『リスアニ!別冊』を注文してみました。
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そういえば、あの有名な『ベジータ様のお料理地獄』も91年初出だそうです。
『ベジータ様のお料理地獄!!~「お好み焼き」の巻~』の初出は、1991年発売の「ドラゴンボールZ ヒット曲集 8 キャラクターズ・スペシャル2」。
また、やっぱりマクロスは影響大きそうです。リン・ミンメイの『私の彼はパイロット』。きゅんきゅん言ってるので電波ソング…って言ったらファンに怒られる真面目な楽曲が多く、おそらく変なおふざけ曲は存在しないんじゃないかと思います。
マクロス艦外の宇宙戦争と並行して、艦内ではリン・ミンメイが一介の少女からアイドル歌手になってゆくシンデレラ・ストーリーが繰り広げられる。ミンメイの歌う歌謡曲を単なる劇中歌ではなく、物語の根幹にかかわる要素に位置付けたのは画期的な試みであり、以後のマクロスシリーズでも「歌」が重要なテーマとなっている。
ミンメイはアニメ(虚構)と現実をつなげるバーチャルアイドルの先駆例となり、声優と劇中歌を担当した飯島真理は本作終了後にシンガーソングライターとしてデビューした。
だとすると、歴史は古そうです。
これは電波ソングと言っても過言ではないですね。
そしてアニメソングにおける音頭曲の先駆けとなり、現在でも子供向け音頭曲の定番のひとつとして親しまれている。1973年に発売されたコンパクト盤「実用ベスト4シリーズ・4大音頭」では、「東京音頭」「炭坑節」「相馬盆踊り」とともに「オバQ音頭」が収録されている。
Wikipedia情報ですが、少なくとも60年代には存在したこと、なぜかアニソンにたくさんある『音頭曲』の先駆けでもあるそうです。これは歴史的にも激ヤバ楽曲ですね。
こちらのページによると1966年リリースだそうです。