随分前に読んだのですが、そういえばきちんと情報としてまとめていなかったのでメモしておきます。
【5/16新着記事】以前、東浩紀さんインタビューも担当いただいた、矢野利裕さんの新著の魅力を本人が解説!/ピコ太郎やオリラジの音楽は「笑えるから不真面目」と言い切れるのか。『コミックソングがJ-POPを作った』著者によるセルフライナーノーツ|矢野利裕 https://t.co/g0QMMRfDDq @FINDERS_media
— FINDERS (@FINDERS_media) 2019年5月16日
「電波ソング老人会」というイベントでDJをすることがあり、度々「スーダラ節」などのコミックソングを流していたのですが、その歴史などはきちんと追ったことがありませんでした。
いとうせいこうさんの書評を引用。
新しい音楽の形式が海外で生まれると、必ずそれをすかさず取り入れたくなる者がいる。だが、ストレートに再現しても国内では通じない。すると例えば「お祭りマンボ」「買物ブギー」などと和洋折衷になり、どうしてもコミックソングにならざるを得ない。
これまでも同主題は故平岡正明など先鋭的な批評家や、その下の世代の佐藤利明、保利透などコレクターでもある者らによって語られてきたが、ついに新世代があらわれたのである。
著者は「軽薄」という概念で全体を刺し通す。音楽それ自体が持つ軽さ、悦びはもともと「新奇」であり、だからこそ人々を踊らせ、歌わせてしまう。
さすがDJとして音楽を選び人々に聴かせもする著者ならではの解釈で、これまでになかった「コミックソング」原論となっている。
ただし、実際にラップという「新奇」な音楽に日本語を乗せようとした私(自分が「コミックソングからしか始められない構造」の最後の世代だと強く認識していた)からすると、少しだけ物足りない。
「電波ソング」のファンとして気になった点や、メモを残していきます。
オッペケペー節
1900年の録音だそうです。
本書において、日本のコミックソングの起点になるのは、まずは、明治・大正期に流行した「オッペケペー節」である。「オッペケペー節」とは、新派・新劇の創始者として知られる川上音二郎によって広められた流行歌である。川上によって作られたものだと思われがちだが、永嶺重敏『オッペケペー節と明治』(文春新書)の詳細な研究によると、川上以前、「オッペケペー隊長」と呼ばれていた桂藤兵衛を中心に、「明治二二年ごろの関西において『オッペケペー』が踊りや落語家の演目としてその姿を現してきていることがわかる」。
- 作者:重敏, 永嶺
- 発売日: 2018/01/19
- メディア: 新書
ノベルティソングについて
「コミックソング」は和製英語で、「ノベルティソング」と呼ばれるそうです。
加えて本書は、芸人・ミュージシャン・俳優のマキタスポーツが提案しているような、ノベルティソングとは「企画モノ」のことである、そして、日本のポップスはおしなべてノベルティソングである、という姿勢(『すべてのJ-POPはパクリである』扶桑社)も重要視している。それにこそ、音楽の本領があると感じられるからだ。
まっくろけ節の替え歌
有名な「まっくろけ節」の替え歌も多かった。ある程度以上の世代には、オレたちひょうきん族の「妖怪人間知っとるケ」のテーマソングとしても有名らしい。
意味から解放された言葉(P29)
東京節が繰り返し歌われてきた。「ラメチョンたらギッチョンギッチョンでパイノパイノパイ」という歌詞も語呂の良さもその理由ではないかと推測されている。
このような音楽の軽薄さを忘れ、生真面目に精神性だけで語ってしまうと、以上に述べてきたような壮士演歌から大正への流行歌の流れは、「演歌も明治の終わりごろにはバイオリンの伴奏が入るようになり、やがて歌詞から社会風刺や政治批判が失われていきます。軍国主義となれあう歌も数多く生まれました。(中略)大正期になるととうとう『艷歌』などとあて字されるまでに堕落してしまったのです」と、いきおい批判的口調でまとめられてしまう(高田光夫『オッペケペーからフォークまで 近代日本の歩み』宇野書店)。
このような語りの中で抜け落ちてしまうのは、音楽をめぐる楽しさや喜びだ。どんなシリアスな音楽であっても、どんなシリアスな状況であっても、それが音楽である限り、笑いや喜びとともにある。そこを見逃してはいけない。
「猥雑」な場所浅草(P34)
浅草オペラ。コミックソングとしては「コロッケの唄」が有名。
- アーティスト:V.A.
- 発売日: 2019/10/09
- メディア: CD
エノケンと二村(P43)
エノケンの稀有な身体能力が、ジャズという新しい音楽のありかたを示す。ジャズ評論家の朝倉久人はしばしば、「エノケンは日本最高のジャズ・シンガー」と言う。舞台の上に立ち、歌で、踊りで、新しい音楽であるジャズのリズムを体現する。しかも笑いとともに。
- 作者:毛利 眞人
- 発売日: 2010/11/26
- メディア: 新書
あきれたぼういず(P54)
- アーティスト:あきれたぼういず,川田義雄,第二次あきれたぼういず,川田義雄とミルク・ブラザース
- 発売日: 1993/07/21
- メディア: CD
また、あきれたぼういずは「膨大な引用・パロディ」があって「DJ的センスがある」と筆者に評されている。
「四人の突撃兵」に関しては、その展開と重なりが本当にすごい。冒頭は「旅愁」と「皇軍大捷の歌」が重ねられながら歌われ、それがシームレスに「荒城の月」につながっている。
金語楼ジャズ
ただしそこには、金語楼が「土人の踊り」に珍妙さとともに捉えるような、差別的な視線に存在していることも指摘しておく。エノケンもカジノフォーリーで黒塗りをしていたが、現在にあっては、能天気な黒塗りが許されるほど、差別に対する配慮の意識は低くない。ついマネしたくなるようなノヴェルティソングの振る舞いが、その表現方法が、これからの時代にどのように残っていくか、というのは、現代における演芸のかたちを考えるうえで大事な論点だ。
許しがたい人物が奏でる素晴らしい音楽(P85)
音楽の戦争協力についての話で、「青年は荒野を目指す」という本が引用されています。
- 作者:五木 寛之
- 発売日: 2008/05/09
- メディア: 文庫
私が本当に絶望したのは、人間が人間を皮張り細工の材料に使うという事実を発見した時ではなかった。そんな非人間の指から、あの美しい音楽が流れ出した、まさにその事に対してだったのだ。
ここで爆笑問題の太田さんは「リイシュー氏の感受性のほうがすごいんじゃないかと思う。善悪すらも乗り越えてしまうのが音楽の力なんじゃないか」と触れたことがあるそうです。
ここで太田が言う「感受性」という言葉は、放送中、民俗学者・柳田國男の言葉の引用であることが補足される。ここに、作り手を越えて人々に口ずさまれてしまう「民謡」のありかたを想起してしまうが(柳田國男『民謡の昔と今』)、そのことは措いておこう。
このあたりの話は(少し脱線してしまっているようにも見えますが)面白いです。
忘却される戦後日本の起源(P86)
大瀧詠一が、日本のポピュラー音楽を「世界史分の日本史」と定式化するとき、そこには、この「起源」を確認する意味があった。どんなにドメスティックに見えようとも、日本のポピュラー音楽の根底には外国文化との衝突があるのだということを、大瀧は示していた。もっとも大瀧は、このような「起源」の忘却は戦前から始まっていたとする。
日本のポピュラー音楽に内包された「世界史」が希薄化し、日本のドメスティックな音楽として自立してしまう。根底には他の文化との違和や衝突があるにもかかわらず。
ポピュラー音楽が本質的に抱える違和感や滑稽さを忘れたとき、コミックソングは息をひそめることになるだろう。例えば、先駆的なジャズソングを喜劇人が歌うことの必然性が見えづらくなるだろう。
笠置シヅ子と戦後日本(P89)
評論家の平岡正明は、「服部ブギの最高傑作は『買い物ブギ』とみる」としたうえで、「八百屋に魚屋にと買い物にやらされたおさんどん「わて」と、耳の遠い商店のおっさんとの、ボケとツッコミの上方漫才的対話が歌になった」と述べている。
「服部ブギ」の「服部」は、作詞・作曲の服部良一さんのことです。
- 作者:砂古口 早苗
- 発売日: 2010/10/01
- メディア: 単行本
あるいは、ノンフィクション作家の砂古口早苗『ブギの女王・笠置シヅ子』(現代書館)も、「昭和の歌謡曲で、あんなにインパクトがあってポップで面白くて、ヘンな歌は他に聴いたことがない」という「買物ブギー」に対する実感から、笠置シヅ子の評伝を始めている。
この後あの「東京ブギウギ」の話。笠置さんは結婚して引退するつもりだったが、夫がすぐに亡くなってしまって芸能界に復帰することを決め、その際に服部さんから提供された曲だったんですね。
「ゲテモノ」登場 美空ひばり
東京ブギウギを市民芸能コンクールで歌った子供が美空ひばりだった。「子供が大人の歌を歌っても審査対象になりえない(当時はこういう風潮だったらしい)」「ゲテモノは困りますな」という評価だったらしい。
他にも美空ひばりの様々な側面に触れている。
- 「演歌の女王」としてだけでなく、現在のリスナーにとっては「洋楽を歌いこなすシンガー」としても再評価されている
- 芸事に精通していた父親を介して戦前日本の大衆芸能のセンスを受け取っていた
- 『お祭りマンボ』『日和下駄』『俥屋さん』などのコミックソングの系譜
ジャズが解禁され、それまでにないリズムの実験場としてコミックソングが機能していた。
ジャニー喜多川さんとも親交があって、そのためか、実は関ジャニ∞が「買物ブギー」をR&Bカバーしているらしい。
トニー谷の音楽と言葉
『お祭りマンボ』と同時代にマンボを歌っていた筆頭。おそ松くんの「イヤミ」のモデルらしい。
なんでそろばん持ってるんだw 様々な流行語も生み出したらしい。
- 作者:信彦, 小林
- 発売日: 1982/11/29
- メディア: 文庫
あえて敗戦国でアメリカ2世を演じることに対して「戦後日本で受け入れがたいものでもあったようだ」とも書かれています。そのトニー谷さんの話も面白いですが割愛。
このペースでメモしてたら永久に終わらないので、とりあえずここまで(P121)