今私は小さな魚だけれど

ちょっぴり非日常な音楽を紹介するブログです

「電波ソング」と「萌えソング」の関係

この間、@denpa_botのアカウントで@kiikuruteさんのいくつかのツイートをリツイートしました。

電波ソング好きの方々の怒りに触れ反論されてる」ような状態だったそうなので(もし読んでいたらお伝えしたいのですが)すみません。ただ「音楽史に残すにはちゃんとした定義をする批評が必要」というのは疑問ですが、「主観やネットで流行った曲が並べられてるだけ」できちんとした歴史が分からない状態にあるのは同じ意見です。

そこで、私の知っている電波ソングの歴史と議論をまとめようと思います。また、いくつか@kiikuruteさんの意見にも「電波ソングと萌えソングの関係」など、いくつか意見が違う箇所があるので、それも併せて議論します。

最初に要約すると次の通りです。

  • "萌えソング"は"電波ソング"の(実験的な要素が抜けた)上澄みではなく、初期から近い場所で発展してきた
  • "萌えソング"はアーティスト側が「女の子としての本物の感情をエッセンスとして」入れることを指向して使っていた
  • "電波ソング"は、最初はコミュニティ主導で、スレの選定基準に「笑える」かどうかという基準があったため、その点で単に実験的な音楽や悪趣味な曲は除外されていた
  • ただ、最初からあまり明確に使い分けられておらず、"電波ソング"という言葉が"萌えソング"も吸収してしまった

90年代年〜: ガイドライン以前

笑える電波ソングを集めるガイドライン」以前は、ネット上でも「電波ソング」「萌え歌」など、言われ方が一定していません。

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始祖と呼ばれそうな存在の一人は細江慎治さんです。ただ、細江さんの所属したユニット「まにきゅあ団」はテクノポップを名乗っていたようです。FOCUS 平成10年1月21号によると、「キテレツ超音波テクノポップ」と紹介されていました。これ以前を遡ると松前公高さんなどと繋がりそうです。

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ちなみにちゆ12歳では2001年に「電波ソング」という言葉を使っています。

tiyu.to

2003年〜: ガイドライン以降

巫女みこナースがきっかけで、2003年に2chで「笑える電波ソングを集めるガイドライン」が作られ、「電波ソング」と呼ばれ方が定着しました。極論を言ってしまうと、それ以前の曲は後付け的に解釈されたもの(だがなんとなく存在していたもの)なので、音楽ジャンルとしての発祥を明確に決めるのは無理があるのかもしれません。

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2006年に『欲望するコミュニティ──萌えソング試論』という論文が書かれていて、要旨としては「おたくコミュニティ主導のジャンルで、『キャラクターに萌えられるか』が主題であるために歌手は代替可能である」という。今考えると東浩紀さんの論旨と似てますね。

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この時期に"萌えソング"というジャンルを掲げて活動している桃井はるこさんは、次のようなことを言っています。個人的には、コミュニティ(2chスレ)では"電波ソング"という言葉が使われていて、"萌えソング"はアーティスト主導の言葉だった印象があります。

もう当時は、美少女ゲームの主題歌にも「おにいちゃん」とか言わせて、エロいセリフを入れればいいんだろ?みたいな風潮があって、ユーザー的に寒々しいことになっていたんですよ(笑)。私は、そこに女の子としての本物の感情をエッセンスとして入れられたら本当の「萌えソング」ができると思ったんです。

アキハバLOVE

アキハバLOVE

  • 作者:桃井 はるこ
  • 発売日: 2007/01/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

キュンキュンとか電波とか最初に言い出したのは誰なのかしら。わたしは実はあまりそう呼ばれるのが好きじゃなかったが、今は特に感想はない(笑)。

強引に分けてしまうと、『「キャラクターやおかしな歌を享楽的に消費するコミュニティの立場」の電波ソングと、「キャラクターに感情移入して女の子らしい本物の感情を歌いたい」という萌えソングが、この時点で近いジャンルで確立していた』という面もあったのかもしれません。そのため「電波ソングの音楽的要素の上澄みだけ使った曲を萌えソングと呼ぶとならば〜」というより、そもそも偶然近い位置に居ただけで、そもそも指向しているものが違っているように思います。もし"萌えソング"という立場で考察するなら、音楽ジャンルではなくジャンダーやキャラクターと絡めた話をしたほうが面白いかもしれません。

少し話は離れますが、東浩紀さんの論旨に対して次のような意見を言っている方がいて、"萌えソング"に関しては同じような主張もできるのかもしれません。

ただ、この時期のファンでも「自分は電波ソングという言葉を使っているけど、クリエイターには嫌がられる」という方も居たそうなので、明確に分けて議論することもできないと思います。また、Wikipediaが「萌えソング」というタイトルになったのは、ノート:萌えソング - Wikipediaを見る限り「電波ソングにはそのようなもの(※文献)が存在せずまともな品質の記述は不可能」という理由のようです。

また、ガイドラインから「根本敬周辺の電波系悪趣味文化」が排除されているのは、当時の参加者から「『笑えない』電波がまとめられていない」と伺ったことがあり、それが原因だと思います。ちなみに初期には「萌え電波系」と「リアル電波系」という区分があったそうですが、どちらからも「笑えない」曲は除外されており、批評というより「(管理人の天麩羅職人見習いさんの趣味で)笑える曲を雑多に集めよう」という意図の強いコミュニティだったようです。もし管理人の趣向が違っていたら、"電波ソング"が"萌えソング"志向から離れてもっとアングラな文化になっていたかもしれません。

2000年代中盤〜: "電波ソング"が定型化する

お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」以降、狙って電波ソングが作られ始めます。

これ以降、電波ソングの定型化が進み、だんだん最初に発展したコミュニティ(2chのスレ)の手を離れていっている印象があります。ここで大きかったのがニコニコ動画で大量の若者にリーチしたことと、「ガチャガチャきゅ~と・ふぃぎゅ@メイト」だと思います。

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このとき、よくスタイルが引用されるのはこれらの曲です。ここはWikipediaに書くと独自研究と言われる箇所です。完全に個人の意見を書くと、この時点でいくつか抜け落ちてしまっている面白い音楽要素(再生ハイパーべるーヴとか)もある気もします。

さくらんぼキッス〜爆発だも〜ん〜

キュンキュンとか言い出した曲。合いの手を入れるスタイルを確立した。

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ガチャガチャきゅ~と・ふぃぎゅ@メイト

ピコピコで過剰な音が取り入れられ始めた。MOSAIC.WAVは楽曲の面で実験的な曲を作ります。

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IOSYSの楽曲

意識的に定型化ノウハウを作り上げた。具体的には曲の冒頭で「こんにちは!あたし〇〇!」というセリフでキャラクターが自己紹介する。

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ちなみに、これらを全部混ぜるとかめりあ feat.ななひらになります。

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近年: "電波ソング"が"萌えソング"の意味も表している

"萌えソング"の視点で特に印象的だったのがVTuber名取さなさんに桃井はるこさんが楽曲提供したことです。「バーチャルな世界でもリアルな感情を歌いたい」という桃井さんのスタイルを継承していると思います。

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ただ、名取さん自信は"電波ソング"という言葉を使っています。私も、Wikipediaのタイトルとは逆に、"電波ソング"という言葉のほうが一般化している印象を持っています。実際にTwitterなどで検索すると「電波ソング」のほうが数が多いことが確認できると思います。

cho-animedia.jp

――桃井さんにお願いしたいと思ったのは、どんな理由なんですか?
 名取はアキバ系電波ソングをよく聞いていたので、アキバの女王たる桃井さんが大好きなんですよ。とくに桃井さんが作詞作曲した上坂すみれさんの「げんし、女子は、たいようだった。」が好きなので、「PINK,ALL,PINK!」もあんな感じの王道OP!なメロディーにしたいってお願いしました。曲作りにあたって、桃井さんにたどたどしく伝えた「こうしたい!」を的確に入れてくださっていて、恐縮しっぱなしでしたよ。名取の大好きなインターネットのネタもさりげなく入った曲になったので、本当にうれしかったです!

でんぱ組.incの活躍以降、電波ソング的な要素が(あまりそれと意識されずに)一般的な楽曲にも広がっているように思います。ただ、2013年のサエキけんぞうさんが書いたように、それ以前もヒャダインさんの影響はJ-POPに出てきつつあった気もします。

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【号外】でんぱ組.inc関係者がアキバ系文化とアイドルのクロスオーバーを語る記事 - 今私は小さな魚だけれど